秘話#16

知ってそうで

知ってないこと

理解してそうで

実は

全く分かっていないことなんて

驚くほどたくさんある


自分が住んでいる地域

それが

一人暮らしで

実家から遠く離れた場所でも

生まれ育った地域でも

どんなところでも

普段通る道から

少しだけ別の道に入っただけで

いや

普段の道を

ゆっくり歩いてみるだけでも

そして

ちょっと視線の方向を変えてみるだけでも

「ぇ?こんなところにラーメン屋あったんだ…」

なんてこと

多かったりする

知っていることでも

問われてみて

初めて

その本質がまざまざと垣間見えたりする…

・・・

・・・

・・・

・・・

・・・

・・・


そうだ

こ、これだよ

・・・

視点を変えるんだ

KEDO

「けど…」

「だけれども…」

「しかしながら…」

「However…」

こ、これこそ

いすぽん国語が求めている


the 情報処理能力


なんという思考力、発想力、瞬発力、行動力

知らなかったんだと思う

KEDO

外務省: 朝鮮半島エネルギー開発機構(KEDO)

平成18年6月 KEDO(The Korean Peninsula Energy Development Organization:朝鮮半島エネルギー開発機構)は、1994年(平成6年)10月に米朝間で署名された「合意された枠組み」を受けて、翌1995年3月に設立された国際機関です。 KEDOの主な設立目的は、北朝鮮が独自に建設した既存の黒鉛減速炉(核兵器の原料となるプルトニウムの生産が容易)の活動を凍結し、最終的には解体することを条件に、軽水炉(核兵器の原料であるプルトニウムの生産が比較的困難で、また国際的監視に服させやすい)2基を建設し提供すると共に、軽水炉第1基目の完成までの代替エネルギーとして、年間50万トンの重油を供給することにありました。 2002年10月、北朝鮮がウラン濃縮計画を認めたことを契機として核兵器開発疑惑が再び深刻化したため、KEDOは、2002年12月に重油供給を停止、さらに2003年12月より、軽水炉プロジェクトを「停止」し、北朝鮮の対応改善を待ちましたが、その後、2005年2月には、北朝鮮は核兵器保有宣言を行うなど、軽水炉プロジェクトを推進する基礎が完全に喪失されたと判断されるに至ったため、2006年5月、KEDOは軽水炉プロジェクトの「終了」を正式に決定しました。(1)設立までの経緯 北朝鮮は、1993年3月、核兵器不拡散条約(NPT)からの脱退を表明し、IAEA保障措置協定の遵守を拒否しました。同年6月の米朝協議の結果、北朝鮮はNPT脱退の発効を中断しましたが、北朝鮮による保障措置協定違反はその後も続き、翌1994年5月、黒鉛原則炉からの核燃料棒抜き取りに着手するに及んで、同年6月、IAEAは北朝鮮に対する協力を停止(医療分野を除く)する決定を行いました。これに反発した北朝鮮がIAEAからの脱退を表明し、国連安保理が対北朝鮮制裁決議について非公式の協議を行うなど、危機感が一気に強まりました。 この危機を打開するため、同月カーター元米大統領が訪朝し、金日成主席(当時)との会談等を経て、1994年10月、米朝間で「合意された枠組み」が署名されました。これにより、(a)北朝鮮が、NPT締約国にとどまる他、IAEA保障措置協定上の義務履行を通じた核開発の検証、既存及び開発中の核施設の凍結・解体等を行うこととなり、その代わりとして、(b)米国

www.mofa.go.jp

いや、もちろん知っていたんだと思う

でも

それでも

書きたかったんだ…

However


そうか…そうだったのか…

これだ

間違いなく

これだ

なんてこった

こんな感動的な解答を導き出すほど…

素晴らしい

いや

誇らしい

世代は違えども

心から

尊敬だ

・・・

・・・

・・・

個人的には

この曲の一択だけど…


(。-ω-)zzz. . . (。゚ω゚) ハッ!


運呼

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