雑談#21 Fallen

入試とか

大きな試験とか

何もない時期に勉強とかするのは

それほど苦しくなかったりするよね

面倒だし、嫌にもなったりはするけど…

でも

言って…そこまで地獄とかではなかったりするよね

(状況と精度と意気込みとかで違うけど)

それがさ

日に日に入試が近づいて来たりしたり

ちょっと苦しい状況が

ジワジワ続いて来たりすると


思いっきり目を背けたくなる

見なかったことにしたくなる


んだよね。

テストを受けているときに

一回書き終わって

一応埋めてみて

二度と見直ししないで寝る感じに似てるかな…

もちろん

「面倒」ってのもあるけど

「怖い」ってのも大いにあるんだよね

だってさ

見直しをきちんとしてしまうと

自分の中で「不確か」な部分や、テキトー過ぎる部分や

分かってない部分、間違ってるかも…って思える部分が

自分の目の前に広がってしまうイメージが

まざまざと見えてしまうからね

それがどうしても怖い…怖すぎる…

だから見ない…

これはテストの例だけど

日常の中で、同じように逃げるって選択肢を選び続ける

これが大問題になり得るのが


『 自らの可能性から逃げている 』


という事実を認識できていない場合が多いことと

自分自身が逃げたことによって失ったモノを取り戻そうとしても

想像を絶するほどそれが難しいという事実に

それに直面せざるを得ないときになって

初めて痛感してしまうということと

最大のものは…無意識に、時に意識的に

周囲に


「 お前も…逃げようぜ… 」


という行動をとってしまうこと…

だって辛いし、寂しいし、哀しいし、切ないし…

でね、さらに問題なのは

そういう行動をされた人もまた

結構あっさりその言葉についていってしまうということ…

だってさ

みんな大差なく不安だし、怖いし、面倒だし、辛いからね

もの凄い勢いで


「 一緒に遊ぼうぜ 」


って言われたら、思わずついていっちゃうよね…

でも

それは「遊ぼう」じゃなくて


「 一緒に堕ちようぜ 」


って意味だったことに、後々気がついてしまうことも

決して少なくない

これね

学生のこととして書いてるけど

大人と言われる世界でも

まったく同じ…

いえ、もっと酷いとも思う


何かをし始める人は

周囲の人からいろんなことを言われたりするよね

評価…というより「なにしてんの?」も多いよね

ネットになれば

暇な人がテキトーなことを言ってくるだろうし

学校なら「真面目に勉強してるの?」なんて言葉も

まだまだ絶滅してないようだし

そんな空気もまだまだ根絶されてないようだし

本気で何かをすると

必ずそれを折ってやろう…的なモノが来るんだ

でね

本気で何かをするって

当然だけど、苦しいこともあって、孤独にもなって

切なくもなるから

折れそうになるんだよね

そんな時にさ

「最初から無理なんだから、もう前みたいに遊ぼうぜ」

って言われたりするとさ

思わず…戻ったりするんだよね

それがさ、すべて悪いとは思わないけど

でも

でもさ

その判断、決断の意味は

きちんと理解した方が良いと思う

現代は

今は

「優しさ」という名の「無関心」が溢れた時代

「指導」という名の「強制」が横行する時代

・・・

「叱って」くれる人を、キレたと笑い

自らを修正できる貴重な機会を失っていく

・・・

誠心誠意「叱って」くれる人も

無気力になり、無関心になっていく

・・・

そして共に

堕ちていく時代

・・・

自分の道は

自分自身で選択をすること

それが

小学生でも

同じこと

自らの選択で

歩んでいくこと

それを

心からサポートしていくのが

周囲の人間の役割だからね

次号で

もちょっと書くかも


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いすぽん  国語教室

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